感情は指揮棒であり、同時に震えるもの、それは "私" 自身
ヒューマン・デザインというシステムのセッションを受けた。
私の感情面が真っ白でオープン、定義されておらず、 無防備であるということらしい。
確かに、'感情' はとても苦手なのだ。
私の感情をうまく引き出すには音楽が良いらしい。
そして、確かに、音楽だと安心して感情に触れることができる。
そもそも、感情とは一体、なんなんだろう?
私が感情と思っているのもは ひょっとしたらただの迷った思考かもしれない。
私には感情は怖いものだと認識されている。
おどろおどろした醜く怖いもの。
それを小さな頃から見て来た。
"激しく恐ろしいもの” 私はこの罠にはまってしまった。
本来の感情は全くピュアーのものに違いない。
ハートが震え、私を '私' に引き戻してくれる。
感情は内から湧き上がってくるもの。
内側から湧き上がってくるものは、'私' 自身である。
感情が恐ろしいものであるはずがない。
感情は説明できない。
怒りや悲しみといったものは感情でなく、 ただの迷った思考に違いない。
感情は、オーケストラの指揮棒であり、同時に、震えるもの。
その震えに身を任すと恐れは消えてなくなる。
感情は、私の中心から震えだす。
感情は震え、全てを洗い流し、私自身であることを許す。
感情に開いて震えだすのを許す。
どうか、どうか、私を洗浄して….”私” に戻してほしい。
感情は、恐ろしくも怖くも醜くもない。
感情は、私のハートを震えさせる指揮棒であり、震え 'そのもの' である。
それは '私' 自身である。
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